迷物ブランド講座

宅建倶楽部 >> ブログによらない宅建講師のメッセージ >> 昔の話

おぼっちゃまとビンボー人が混ざっている

私は公務員の息子であり,10歳で弟が生まれるまで一人っ子でした。
すごく可愛がられて育ちました。
参考書やテキストを買うと言えば,父親は遊ぶ金だと知りつつもお金をくれました。
その意味では「おぼっちゃま」でした。

でも,うちの家計は苦しかったです。
給料の遅配が絶対にない公務員なのに,苦しかった!

6畳と4畳半しかない公務員住宅で,私の父親は「妻の母」まで扶養していました。
しかも私の母親は,昭和20年代から結核を患っていました。
4回も5回も入院しました。
特に私が4歳から6歳までずっと入院していたので,合格した幼稚園から入園を断られました。
その間は,明治23年生まれの「おばあちゃん」が母親でした。薬代も結構かかったらしいです。

病弱な母親は,退院すると「袋張りの内職」をしました。新宿伊勢丹の買い物袋を作る内職です。私も当然手伝いました。 その意味では「ビンボー人」の心が少しは分かります。

この「おぼっちゃま」性と「ビンボー人」魂が,私の中では,この歳になっても見事に混在していて,整理できないでいます。
重要な決断をする時,決まって両者のハザマで悩まされます。

きょう7日は誕生日。また一つ歳を取りました。 「日くれて道遠し」だなぁ~。

平成17年7月7日(木)記




宅建倶楽部 >> ブログによらない宅建講師のメッセージ >> 昔の話