迷物ブランド講座

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格差社会との闘い(私の場合)

「資本主義を前提にする限り格差社会は当たり前。いやだったら資本主義を捨てるか,仏門に入るしかない」。

私が青年期から考えていたことです。

かと言って,格差社会が好きなわけじゃないです。大嫌い!
だから学生運動もしたし,そこでは資本主義を否定しようともしました。
でも失敗でした。

コロリと主義を変え,権力の内部から改革しようと,なるべく大きい会社に就職しようとしたのが私たち全共闘世代です。

私がサラリーマンになりたての頃は,ほとんどの国民が,「格差社会は解消されるかも…」という期待を持ちました。昭和47年,庶民宰相と言われた田中角栄内閣が誕生した頃です。

でもこの期待は,2年も経たないうちにツイエました。
田中さんが通産大臣時代に発表した「日本列島改造論」は,地価暴騰の引き金になった,とんでもないインチキでした。

昭和48年には,エクソン等の石油メジャーが原油価格を30パーセントも引き上げる通告を世界中に発し,これが「石油ショック」の引き金になりました。
スーパーではトイレットペーパーの買いだめ騒ぎまで起き,庶民は長蛇の列を作りました。

早くも,全共闘世代の意気込みは,またしても挫折です。
私の場合は自動車会社だったので,世界標準(石油メジャー)の怖さを思い知らされました。

どんなに大きな会社でも,日本の会社である限り,格差社会を変える権力なんか無いです。
権力の内部から格差社会を解消するなんて,とんでもない思い上がりだったと思います。

あとは「ズルズルと押し切られるだけ」でした。
いま読者の皆さんの近くに,全共闘ないし団塊の世代のオジサン・オバサンがいたとしても,「人数ばかり多い迷惑世代」などと嫌わないで下さい。
オジサン・オバサンも,その時代の中では一生懸命やっていたんです!

こんな経過をたどって今生きているのが私なので,「資本主義を前提にする限り格差社会は当たり前」ということは,経験上も認めざるを得ません。

しかし,「ズルズルと押し切られるだけ」だったというのは,どうしても癪(しゃく)にさわります。

そこで残りの人生,格差社会をギャフンと言わせてやろうと秘策を練っているのですが,私の場合は子供時代の経験がジャマしていることもあって,普通のオジサンの域をなかなか脱出できないでいます。

子供のころ,格差社会は,今より数段ひどかったです。

近藤君という幼なじみの家は,バナナの房が三房,いつも食卓を飾っていました。こういうのが上流家庭であり,彼は池田勇人首相の親戚でした。

普通の家では,病気になって高熱が出た時に,バナナを一本だけ買ってもらえました。私の家です。バナナは一本売りをしていました。

ビンボー人は,子供達が三人くらいで押すと曲がってしまうバラックに住んでいました。本当に曲がったのでビックリしたことがあります。こういう家では,死んでもバナナなんか買ってもらえません。

カレーライスに入っている肉は,犬の肉でした。これも本当の話で,後でバレて廃業した四谷三丁目の肉屋は,ビンボー人相手に犬の肉を売っていました。

こういう時代から比べたら,格差社会といっても,昔よりはるかにマシです。
ハマコー(浜田幸一)さんが言うように,自民党のお陰かも知れません。

今の格差社会は子供時代よりマシと考えちゃうと,癪にさわる点も,私の中ではだいぶ緩んでしまいます。

部分的な小さな社会で,精神的な格差解消に尽力するのが分相応なのでしょうか?
小じんまりと宅建倶楽部を運営しながら…。

平成18年5月27日(土)記




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