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市川房枝

きのう女子学院のことを書いたら,急に思い出した人がいます。
女子学院に入ったけど,校風になじめず3ヶ月で中退した市川房枝です。

「元始,女性は太陽であった」といえば,平塚雷鳥(らいちょう)を思い出す人が多いでしょうが,その平塚と一緒に日本初の婦人団体を設立したのが市川房枝(1893年~1981年)です。
二人とも女性解放運動の創始者といえます。

私は,タクシーの運転手をしていたことがあります。
ある日曜日の午前中,女性の二人連れが手をあげたので,ゆっくりと近づき自動ドアを開けました。

「代々木病院までお願いします」
「はい,かしこまりました」

と後席を振り返った瞬間,二人連れが市川房枝と紀平悌子(市川房枝の弟子?)であることが分かりました。

私は性格上,同じ車に乗っている人と沈黙を続けることができません。
当然話しかけました。

わたし
「お早うございます,市川先生じゃないですか,応援してますよ。(当時,市川房枝は参議院議員。青島幸男なんかと二院クラブという会派を結成していた)」

市 川
「いやーどうも。お仕事どうですか?」

わたし
「ぼちぼちですよ。ところで,私の母親の旧姓が『市※房枝』と言うんですけどね。先生と一字違いなんですよ。そんなことからも先生には親近感をもってるんですよ。」

市 川
「あらー,お母さんはどちらの出身?」

わたし
「東京の大森です」

そんな会話をしながら,10分もしないうちに代々木病院に到着しました。

二人を降ろしてフイと後席を見ると,進行方向左側にカギが落ちているではありませんか。

そこに座っていたのは市川房枝です。
速攻で二人を追いかけました。
案の定,市川さんの自宅のカギとのことでした。

ここで書いて良いのか迷いましたが,もう歴史的人物なので構わないでしょう。

すごく ダサいカギでした。

差し込んで,右側にぐるぐるまわすと戸が閉まるやつ。

ああいうカギを持っているのは,当時でもビンボー人と相場が決まっていました。

少なくとも参議院議員がもっているカギじゃなかったです。

市川房枝の弟子を自認する民主党の菅 直人さんなら,このへんの事情はもっと知っているのでしょうか?

財団法人市川房枝記念会

平成18年12月18日(月)記




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